04


 彼らは呪いを受けた。しかし正確には呪いと言うより、黒兎神の能力を半分受けたといった方が正しい。神の力をその身に宿して、彼らは人ならざる能力を得たり、反対に強大すぎる力に耐えきれず悪影響が生じたりした。そのうちの一つに、肉体の不老があった。
 これは黒兎になった者全員に当てはまる。 黒兎に成った当時の姿態がそのまま維持されるので、見た目こそ若けれど、何年も、何十年も黒兎として生きてきた者も中にはいるのだ。もしかすると百年以上生きている者もいるのかもしれない。
 その中で唯一外見と年齢が一致するのが、黒兎最年少のギルなのである。

 ギルは至って腕白に、けれど無邪気に純粋にダリの方を見た。ダリは狼狽する。子供の期待をへし折るというのは、いつだって辛いものなのだ。
 それにこの少年は、

「あー、いや、そういう訳じゃないんだ」
「えーっ! ヤダ! いくったらいくもん!!」

……とてもワガママな面があった。
 ギルはまだ齢幼い。更に彼は、ある村の神話に書かれている、ドラゴン殺しの英雄の末裔でもあった。両親は寛大で、そして少年に優しかった。とどのつまりは甘やかされて育ったのだ。
 ギルを言いくるめるのは、流石のダリでも骨が折れる。嫌だ嫌だと口にして辺りを跳ね回るギルを尻目に、彼はため息を吐いた。

「……護衛っつっても、お前じゃ信用ならないんだが」

 そうしてちらり、ルダに目線を投げ掛ける。全て算段通りだったのだろう、口角を上げて、ルダはくつくつと喉の奥で笑いを噛み殺していた。

「誰もこいつに任せるとは言っていないだろう。リラの護衛は私がする」

 狙ったように口を開いたのは、腕組みをして退屈そうにこちらを眺めるユギの姿。くだらないことを言わせるな、と言いたげな視線をダリにじっとりと送っていた。
 ダリは言葉を失う。彼女を護ってやれるのは、否、護らなければならないのは自分だけだと糾弾すらしてしまいたかった。しかしこれでどうにかなるはずがない。彼等は、自分を含め他者の意見に耳を貸そうとはしない――利己主義の塊だ。

「お願いダリ。早くイユを助けてあげたいの」
「ついでに僕は金稼ぎするからさ、承諾してくれないカナー?」

 返事を待つリラの目は、期待と一抹の不安に揺らいでいる。その側で大きく膨れ上がったリュックサックを背負う、ふざけた道化師ルダ。片手に何枚かのトランプを持ってウインクしてみせた彼は、ダリに笑いかける。
 ダリは苦笑した。もうどうにでもなれ、とすら思った。先程から姿が見えないライに関しては、留守番という解釈で間違っていないのだろう。
 頭を掻く。それも乱暴に、乱雑に。毛が抜けるかも知れなかったが、それ以上に思い切っていた。嫌な汗が吹き出る。認めたくない。

「みんなでおでかけするの? やったー!」

 ギルのはしゃぐ声を最後に、ダリは渋々肯定の言葉を吐き出した。
 怪我だけはするな、と。





 広大な景色が広がっていた。風が吹く。それに合わせて草木が揺れる。どこからか優しい香りが漂ってくる。
 リラは期待に胸を踊らせながら、街へと続く道を踏みしめていた。
 先頭を歩くのはユギ、続くのはユギの手を握るギル、そしてリラ。彼女の後ろではルダが鼻唄を歌っている。全員耳を隠すために、頭から布を被っていた。

 彼らはたまに、金を稼ぐため街に出稼ぎに出ることがある。フリーマーケットで何処かの荒廃した村から拝借した物を売りさばいたり、ちょっとしたパフォーマンスを見せてコインをねだったり。物々交換を行い、黒兎では手に入れづらい道具を得ることもある。

 リラはそれが、今回が初めてだった。それゆえ向かっている街がどのように栄え、何を利としているのかを知らない。けれど不安よりも期待に心が弾む。
 頭に覆い被さった布は、何があっても取ってはならない。うっかり脱げるだなんて事態は起こしてはいけない。ばれてしまったら最後、二度とこの街へは行けなくなる。
 彼女は何度も心中で呟き、自分に言い聞かせた。それから布を被り直すと、グッと前を向く。

「……あれ?」

 思わずリラの口から声が漏れる。不意に、獣のうめき声を聞いた。しかし彼らは構えたりしなかった。それはまるで、助けを求めるような情けない鳴き声であったからだ。
 リラは辺りを見渡す。一面緑に囲まれていたが、一ヶ所だけかさりと音を立てて草が揺れた。興味に引かれて、彼女は揺れた草むらに向かって足を運んだ。
 そこには横たわるキツネの姿。なんの変哲もない、妖気すら感じられないただのキツネだった。悲しげにリラの方を見ると、キツネは鼻を鳴らした。
 怪我をしている訳ではないらしい。となると、単に空腹で滅入っているのだろうか。

「何をしている」

 ユギが横に並んだ。キツネを見ると、冷めた視線を落とす。彼の反応はそれっきりだった。
 リラに目線を移し、彼は眼を細める。咎めるような視線にリラは思わず俯かずにはいられなかった。

「早く行くぞ。時間は無限にある訳ではない」

 一言言い残すとユギはルダ達の方へと戻っていった。リラは困惑した様子でキツネとユギを見比べていたが、やがてしゃがみ込む。それからキツネに触れ、懐から団子を取り出すとキツネの鼻頭の近くにそっと置いた。

「じゃあね」

 キツネに手を振ると、リラは自分を待ってくれている仲間のもとへ急いだ。









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